味噌の歴史を知って日本食通になろう!

みなさんはどれくらいの頻度で味噌を食べますか?
味噌汁を飲むので、ほぼ毎日という人も多いのではないでしょうか。

それくらい日本食や日本人の生活にとって味噌は欠かせないものだと思います。

そこで今回は味噌の歴史や栄養素など、味噌に関わるトリビアを紹介します。

1300年もの歴史

味噌にはなんと1300年以上もの歴史があります。
古代中国から伝わった「醤(しょう)」と呼ばれる食品が、日本で広まったのが飛鳥時代の7世紀ごろ。
醤を作る際、醤になる前の段階が美味しいと気が付いた人が、それを「未醤」と名付けました。
その後「みしょう」→「みしょ」→「みそ」と今の呼び名に代わりました。

平安時代には初めて「味噌」の文字が残されました。
当時は料理に調味料として味噌を使う文化はなく、食べ物にかけたり、つけたりして食べていました。庶民には手の届かない食品で、高級官僚の月給として使われていたこともありました。

鎌倉時代には初めて味噌汁が誕生します。すり鉢を使って味噌をすりつぶすと水に溶けやすいと分かったからです。味噌汁が広がると「一汁一菜(主食、汁もの、おかず)」の文化が広がり、鎌倉武士の食事スタイルが確立されました。

味噌が庶民にもわたるようになったのは、室町時代のことです。農民が自家製の味噌を作るようなったからです。保存食としても効く味噌は様々な料理に応用されるようになりました。

味噌は調味料であると同時に、たんぱく質源でもあり、保存もできるので、戦国時代には武将たちに非常に重宝されました。武士たちは戦場まで携帯していたそうです。
武田信玄の「信州味噌」、豊臣秀吉、徳川家康の「豆味噌」、伊達政宗の「仙台味噌」など、戦国武将でそれぞれの味噌ブランドを確立した時期です。

江戸時代の江戸には当時人口が50万人おり、世界最大の人口がいました。味噌の生産が追い付かず、地方からどんどん味噌が江戸に送られ味噌屋は大繁盛しました。また、味噌を使った料理も同時に発達していき、レシピ本も発行されたことから、みそ汁が庶民の味となって生活になじんでいきました。

昭和には出汁入りみそが登場し、誰でも簡単においしいみそ汁を作ることができるようになりました。

栄養満点の味噌

江戸時代、「医者に金を払うよりも、みそ屋に払え」と言われたほど味噌には栄養があり、単なる調味料以上の働きをします。

味噌の主原料である大豆は、良質のたんぱく質を豊富に含む食品です。
大豆は発酵によって味噌になる過程で、アミノ酸やビタミンなどが多量に生成されます。
その他にも味噌には、炭水化物、脂質、灰分、ビタミン、カリウム、マグネシウム、繊維質など、たくさんの栄養素が含まれています。
これほど多くの栄養を含む食品はほかにありません。

味噌の種類

味噌の種類は大きく2つ、赤味噌と白味噌に分けられます。
これらは単なる色の違いにすぎません。
皆さんでも簡単に見分けがつくでしょう。
なぜその色の違いが生まれるかというと、大豆を発酵させる段階での微生物の働きが違うためです。
大豆に含まれるアミノ酸が糖と反応して褐色に変わるのですが、味噌が作られる地域によって気候や温度、湿度が違うので、同じ発酵でも味や見た目に違いが出てくるのです。
しかしながら原料は赤味噌も白味噌も同じというのは興味深いですよね。

日本人の生活には欠かせない「味噌」についてここまで紹介しました。
海外でも“Miso Soup”は有名な日本食のひとつとして少しずつ認知されるようになりました。
メキシコでは、お店で味噌を料理として食べることができますし、味噌を手にすることも可能です。
ぜひ“UmaMi”のサイト内で探してみてください!!

関連記事

  1. ★「日本食を美味しく撮るための4つのテクニック」★

  2. 知って得する!ラーメンの驚きの事実

  3. 豚の角煮を作ってみよう!

  4. ご飯に醤油、かける?

  5. 焼き鳥といえばここ!!日本7大焼き鳥を一挙紹介!

  6. 意外と知らない!?天ぷらを食べる時のマナー